先日テレビでも話題になった「教員いじめ」の問題。
子をもつ親も、また教員になりたいと考えている学生たちも不安になったかもしれません。
はたして、教員いじめは他の学校でもあるのか、と。
みなさんはどう思いますか?
答えは「ある」というのが、私の個人的な意見です。※あくまでも私見です。
某テレビ番組で、乙武洋匡さんもおっしゃっていましたが、学校の教育現場で、特定の対象に対して大なり小なり嫌がらせをする人がいるのは、私自身もこれまでに何度か見たことがあります。
ただ、似たような状況は、ほかのどの職場でもあると思います。どこにだって”お局”みたいな人はいますからね。
しかし、それをやっているのが「教員」であることが、これだけ世の中で話題になった要因だろうと思います。
いじめは絶対にいけない、と教えている人たちがやそれをやってしまっているのですから。
神戸の事件は氷山の一角でしかなく、似たようなことは今後も起こりうるでしょう。
だからこそ、今回の事件の加害者を糾弾するだけで話が終わってしまうのではなく、そもそもなぜこのようなことが起こってしまうのかを考えるべきです。
様々な要因があると思いますが、私が考える大きな要因は2つあります。
1.教員採用試験の質や倍率の低下
2.学校の職場環境
順番に説明します。
教員採用試験の質や倍率の低下

まず、採用の倍率がとても低いです。もちろん自治体によって差はあるものの、平成30年度の新潟の公立小学校の採用倍率は1.8倍、福岡は1.9倍、長崎は2.0倍です。ちなみに神戸市は全国の中では5番目に倍率が高かったのですが、それでも5.0倍です。
出典:文部科学省「平成30年度公立学校教員採用選考試験の実施状況について」
比較対象として適切かどうかわかりませんし、過去のデータになりますが、就職希望ランキング常連である明治製菓は2750倍、味の素は267倍、東レは213倍など教員採用試験とは比較にならないほど倍率が高いです。
「誰でも教員になれる」という状況が起こってしまっては、質の低下につながることは明らかです。
そもそもなぜこんなに教員が人気がないのかですが、長くなりそうなので別の記事で書こうと思います(笑)
また、採用試験の質も問題だと私は考えています。
採用試験では、一般教養テストなどに加え、集団面接、模擬授業などが行われます。
教員としてある程度の教養は必要だと思います。しかし、これ必要か?みたいな試験の内容もかなり多く含まれている印象です。例えば
次の文章は、ある心理学の内容に関するものである。この文章で説明している心理学として適
切なものは、下の 1 ~ 5 のうちのどれか。
要素の総和から構成される全体としての心的現象」という要素主義の考え方を否定し、意識
を全体的なものとして捉えた心理学である。1912年に、ヴェルトハイマーが仮現運動の研究を
行い、この考えを科学的に実証した。
この概念は、知覚のみならず、記憶、思考、要求と行動、集団特性など、広く心的過程一般に適用された。
1 実験心理学
2 ゲシュタルト心理学
3 行動主義心理学
4 認知心理学
5 人間性心理学 平成31年度のある自治体で行われた試験問題より抜粋
これを知っていることが、教員になる上で何か重要なんですかね・・・?
また、面接についてですが、教員採用試験の面接官は元々学校の先生だったりする人が多く、優しいというか、正直甘いです。
一方、企業の面接官はどうでしょう。業種、業界にもよりますが、面接はピリッとしていますよね。
私は以前、金融業界の採用面接を受けたことがありますが、わりと圧迫面接でした。
しかし、将来の会社を担う人材を見極めるのですから、それくらい厳しくて当たり前です。採用側である人事部も、中途半端な人間を通すわけにはいきません。
教員採用試験の面接官は教育委員会の人間であることがほとんどで、採用した人間と直接的に一緒に働くというわけでもないので、やや当事者意識が薄いようにも思いました。
短い時間の中で人を見極めるのはもちろん難しいですが、採用側ももう少し覚悟をもってやるべきです。
学校の職場環境

最近、教員として働いている友人に神戸の事件の原因についてどう思うか、聞きました。
すると、彼から返ってきた答えは「暇だから」でした。
彼の職場では生徒が下校したあとも、先生たちがダラダラと働いているのが常態化していて、世間話をしているそうです。
もちろん、先生の仕事はやることが多いので、暇なんかではありません。
しかし、本当はやるべきことがあるのに、そうやって何かのネタを見つけて喋ったりしてダラダラと過ごしている。
そういう人たちがいるから、今回のようなひどいというか、次元の低い事件が起こってしまうのではないかと言っていました。つまりそれが彼のいうところの「暇だから」になるのです。
こういうことって、中で働いている人間にしか言えないことなので、なるほどなと思いました。
あとは、人事権です。
今回のようなことを起こす人間が職場にいたら、ここまでエスカレートするまでに上司がなんらかの対応を取りますよね?
どこかにとばしたり、降格させたり、あるいはクビにしたり・・・
管理職である校長先生は、職員の服務を監督する義務がありますし、職員は上司である校長の命令には従わなければなりません。また、職員の勤務の様子については必要に応じて任命権者である教育員会などに報告しなければなりません。
しかし現状、その力を行使できていないことが多いです。
教員の組織は、ある意味で一般教諭の力が管理職よりも強いです。多勢に無勢。
何か新しいことを校長がやろうとしても、部下である教員がそっぽを向いてしまうと、どうにもならないという逆転現象が起こってしまっていて、一時期話題になった民間人校長も、そういった現状に苦しみ、次々と辞めていきました。
今回の神戸の事件でも、実態に気づいていながら有効な策を取れなかった、いや、取らなかったのは今言ったような力関係の逆転現象が起こっていたのではないかと私は考えています。
いずれにせよはっきりしているのは、二度と今回のような事件を起こさないためにも、国が主導して抜本的な対策を取り、子どもたちが安心して学校に行けるようにしなければいけません。
ば〜い。